「お腹減りました。10元恵んでください」 中国のプチ物乞いビジネスについて

petit-kojiki
中国で道を歩いていると、避けては通れないのが物乞いである。これは、中国に住んでいる者にとっては、宿命と言っていいだろう。
レストランから出てくれば、老人が缶をもって突進してくるし、スタバでコーヒーを飲んでいたら、物乞いが無言でクレクレカードを突き出してきて、プレッシャーをかけてくる。こうなったら、もう相手があきらめるまで、我慢比べである。
しかも、中国の物乞いというのは、総じてアグレッシブで、「恵んでくれないお前たちの方が悪いのだ」といわんばかりで、確信性に満ち溢れているので性(タチ)が悪い。どうしたら、あんなにずーずーしくなれるのか不思議である。

(写真)英語で物乞いをする国際派も登場?

お腹減りました。10元恵んでください。

こういった古典的な物乞いのほかに、道を歩いていて、しょっちゅう、声をかけられるのが、以下のようなお願いである。
「仕事が無くパンを買うお金も無い。10元恵んでほしい。」「とにかくお腹が減っている。援助して欲しい。」
見れば、ごく普通の身なりをした二人組みの女性で、正直、物乞いという感じにはみえない。
しかも、彼女らは、何のてらいも無く、ごく普通に、そういうことをシャーシャーと聞いてくるのである。

以前、事情がわからなかった時は、「道を聞いているのかな?」とか思って、ふんふんと聞いていたりしたが、道を聞く人とは、放っているオーラが全く違っているので、最近は、彼女らが声をかけてきた瞬間に、即、スルーしている。自分の顔が相当の拒絶感を発しているからか、向こうもそれ以上、声をかけてこない。
chinese-woman 中国の路上にて(記事とは関係有りません)

プチビジネス化する乞食業

「しかし、おかしな連中だ、何もそこまで自分のプライドを落としてまで、そんなことをしなくとも、普通に働けばいいだろうに。あるいは、これは新種の逆ナンパかな?それにしては、そんな器量のいいのはいないしなーー」とか思って、中国人に聞いてみると、そういうのは大概「騙子(ピェンズ)(詐欺師)」だと言う。
「それにしても、結構、頻繁に声をかけられる割には、一度として、同じ人間に声をかけられたことはないが。」というと、「それは、毎日、同じところでやっていると、面が割れてしまうから、ローテーションを組んで、ぐるぐる回っているのだ。」という。

要するに、乞食がプチビジネス化してしまっているらしい。

この間など、200-300メートル歩く間に、3組も声をかけられたので、多分、組織的にビジネスとしてやっているのだろう。でなければ説明がつかない。その日の食事にも事欠くような女性が、巷にそんなに溢れていることはありえないからだ。大方、10元巻き上げたら、また、次の鴨?を探しに行くのであろう。
道理で彼女らには、本当に食うに困ってやっている感がない。「なんちゃって」感が半端ないのである。
先日などは、こちらが外国人と分かるや否や「ハロー」と声をかけてくる奴もいた。

それにしても、10人から10元ずつ騙し取ったとしても、たかが100元(2000円)である。そんな割のいいバイト?とも思えない。
彼女らからすれば、楽して、稼いでいるように感じているのかもしれないが、そういうことが平気にできるようになるメンタリティというのは、何なんだろうか?不思議でしょうがない。

ジプシー風、花束チルドレン

完全な乞食ビジネスではないが、それに近いものとしては、こんなんもある。
以下は、いわゆる、ストリートチルドレンによる花束売りで、大概、女性の脚にからみついては、花束を買ってくれるまでは、しがみついて離さないというもの。

gypsy2 虎視眈々と獲物を探す。
gypsy3 失敗してもへこたれない
gypsy1
gypsy 道行く人も見てみぬふり?

しかし、こういうジプシーのような子供は、将来、どうなってしまうのだろうか?

自分の境遇がいかに、不遇であるかをアピール

chinese-shogaisha
障碍者詩人?(しかも、ご丁寧にピンインまで)

もちろん、上記のようなアグレッシブなものばかりではなく、紙に「自分の境遇がいかに、不遇であるかを書いて、その前缶を置いて、ひたすら、うつむく、あるいは、楽器をひくというものもある。
上記の足の不自由な彼は、時々、路上で見かけるから、定期的に深センを回ってはこういうパフォーマンスをしているようである。ただ、この漢字パフォーマンスであるが、既に書かれた絵巻物状のものを、そのままに広げただけなので、あまり説得力が無い。もっと地面に直接、どんどん書けばいいのにと個人的には思っている。


しかし、上記のような人は別にいい。しかし、こういうのは、嘘つきも相当に混じっているようだ。以下の学生ジャージ二人組みは、最近、ちょくちょく羅湖に出没する。

地下鉄の通路にて、自分たちがいかに不遇かを書き綴った文章を前に、「エーン、エンエン」という噓無きを繰り返す二人組。誰が見ても噓無きとわかるレベルの三文芝居。
pianzi (3)

城管(都市管理)がやってきて、二人にいい諭す。この男性はまだ優しいほうで、
別の管理者は、この二人を見るや否や、無言で紙をびりびりに引き裂いて「(お前ら、ここでこんなことしたら)駄目だ!!」と言い捨てて、どっかへ行ったこともある。
pianzi (4)

そそくさと立ち上がる二人。 もう普通に歩いている。
pianzi (5)

別の場所でも、この通り 全く懲りていない。
pianzi (1)

お手軽 インスタント乞食も

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また、専業でも、詐欺でもない、お手軽風のインスタント乞食のような存在もいる。
全く普通の格好をしている男(女)が、「お腹がすきました。5元恵んでください。」というような紙を書いて、ひたすら、神妙な顔をしながらうなだれているという例の奴である。
どういう事情があるのかしらないが、素人がインスタント的に物乞いをするという、日本では、ありえない発想であろう。

社会からの疎外感が半端ない日本のホームレス

しかし、中国の物乞いを見ていて、専業にしろ、プチ物乞いにしろ、不思議と社会から疎外されている感じがしない。物乞いそれ自体も、自己肯定的であり、周りの人間も、それほど疎外している感じも無い。やっかいな奴らだなと思いつつ、共生している感がある。

一方、日本はといえば、一般に、ホームレスはいるが、乞食はほとんどいないから、比較は出来ないが、そういう存在に対する社会からの疎外感、見捨てられ感、がすごいような気がする。
日本には生活保護等、社会がそういうシステムを用意しているはずだが、こういった人々の意識の中に「人の施しをうけるくらいであれば、しんだほうがマシ」という考えが、根底にあるのではないだろうか。

「他人に迷惑をかけない」というのは、確かに日本人の美徳であるとは思うが、そこまで他人の頼りにならないという考え方は、日本の社会というものを窮屈にしているような気がしてならない。
このあたりは、テーマが大きすぎるので、また機会があれば、とりあえげてみたい。

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