バイリンガルは幻想にすぎないのか?

national-day2015 (11)
お揃いのアイスを食べる中国人民

さて、このところ、広東省の気候は少し変な感じである。
国慶節に、ミニ台風が通過して、ちょうど日本の梅雨のように、小雨がパラつくようなぐずついた天気が続いた後、昨日はいきなり気温が10度くらい下がった。クーラーがいらないのはいいのだが、これでは長袖を出す間もない。

まあ、それはいいとして、自分の中国語教室では、現地の駐在員などに中国語を教えることを主としているが、たまに「子供に日本語を教えて欲しい」という逆の依頼も舞い込んでくることもある。

日本語で育てるか 中国語で育てるか?

だいぶ前のことになるが、以前の同僚の中国人から電話がかかってきて「うちの子供(4歳)に、日本語を勉強させたいのであるが、昼間、子供に日本語を教えてくれるような日本人(女性)はいないだろうか?」と聞かれたことがあった。そこは、旦那さん(日本人)が中国語がペラペラで、本人が日本語があまり得意ではないらしい。そうなると、外部環境は中国だから、当然、娘さんは、中国語のほうが得意になってしまうのは道理であるが、親としては、将来のこともあるので、日本人学校に通わせたいということらしい。(まあ、その時は、日本人の女性講師はいないので、その話は、流れてしまったが・・・・)

 日本人が旦那で、中国人奥さんというのは、まわりにも結構多い。その逆(旦那中国人、奥さん日本人)も、割といることはいる。そういった日中夫婦の間で、やはり問題になってくるのは、子供の教育のことで、特に、日本語をメイン言語とするのか、中国語をメインとするのかということは、かなり神経をつかうところではないだろうか。それによって、子供のアイデンティティが決まってしまうからである。

 知り合いの中国人に、以前そういう人がいて、聞けば、お子さんは、お父さん(日本人)と話すときは日本語、お母さん(中国人)と話すときは中国語、保育所では中国語で話すのだそうで、ちゃんと使い分けが出来ているようである。このように、場面によってちゃんと使い分けが出来ていれば、問題がないのであるが、言語環境に混乱やねじれがあると、子供にとっては悲劇である。

ノンリンガルに陥らないために

 自分は、十数年前、そういう海外子女を教えることを生業にしていたこともあるが、当時、何人か変わった子供を担当したことがある。小学校5年になっても、漢字の「山」「川」も書けない子とか、一応日本語話せるが、語尾が変とか。
 聞けば、そういう子供は、日本語もろくに話せない時分から、フィリピン人のアイさんを雇って、家でも英語をしゃべらせるなどしていたために、日本語の能力が極端に落ちてしまって、少し大きくなってから、親があせって、個別に塾や補習校に行かせ始めたという感じのようであった。
折角、海外にいるのだし、子供にそういう環境を与えたいというのは、親として当然の考えであると思うが、ただ、そういった親のエゴをあまりに押し付けすぎると、子供が混乱してしまい、下手すると、どちらにもなれない、いわゆるノンリンガルになってしまいかねない。

パソコンでも、ひとつのパソコンに、二つの同じOSを組み込むときに、やはり矛盾が生じるように、人間の脳というのは、思考言語ソフトを2つ入れようとすると、それだけ負荷がかかるし、不安定になるのは道理である。その際、住み分けがしっかりしていれば、混乱することはないのであろうが、子供の頃、脳の言語領域が未発達のときに、言語環境が混乱してしまうと、障害を与えかねない。
一般的に、子供が語学を習得していく2-10歳くらいの時期は非常に大事である。この時期に、親が、日本人学校にするのか、インターにするのか、ローカルにするのかということで、ぐらついていると、子供に良くない影響がでてしまう場合もある。

もちろん、日本語も英語も良くできた子供もいたが、そういった所謂バイリンガルであっても、やはり主軸は日本語だったし、しかも、相当、努力して二つの言語を克服しているので、子供の頃から、かなりストレスフルな感じではあった。

完全なバイリンガルは可能なのか?

ちなみに、これまで、非常にたくさんの中国人の日本語人材と会ってきたが、中国語と日本語を両方ネイティブ並みに操れる、本当の意味で100%バイリンガルというような人は、数人しかいなかったと思う。

そういう人たちに共通なのは、親の都合で、幼少時に日中間を往復する経験を持っているということである。日本語もネイティブ、中国語もネイティブということで、いいように思えるが、そういう人は、そういう人で、自分が日本人なのか中国人なのかというアイデンティティについて、結構、不安定な面があるようだった。

例えば、自分にとっては、自分が日本人であることは揺るぎの無い自明の理であるが、そういった人にとっては、自分が日本人なのか、中国人なのかというのは、確固たるものではないみたいなのである。

中国でもさかんなバイリンガル教育

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結婚式のイメージ写真を撮影する業者?(記事とは関係無し)

ちなみに、中国でも、双語教育(バイリンガル教育)というのは、結構、盛んなようで、エレベーターの中で、親と子供が英語で話をしていたりするのを見かけることがある。明らかに、バリバリの中国人親子なのに、英語で話しているのだが、何か妙な感じだ。
現在、中国は、かなり厳しい過当競争にあるので、ちょっとでも、子供にそういう能力を身につけさせたいということなのだろうが、外部環境が英語が全く通じないような場所(英語が通じないという意味では、日本とどっこいどっこい)で、そこまでする意味があるのかわからない。

生まれながらにしてマルチリンガルな広東人

ただ、英語はともかく、中国人というのは、ある意味、生まれついてのマルチリンガルだなと思うことがある。

特に、広東人(あるいは香港人)などは、そういう傾向が強く、例えば、ある日系企業に勤務する広東人などは、会社の日本人上司には、日本語(あるいは英語)で、同僚の中国人には普通話(北京語)で、同じ広東省の友人とは広東語で、家に帰ったら、おばあちゃんと客家語や潮州語なんてことで、常に3―4種類の言語を使い分けていたりする。もちろん、普通話にしろ、広東語にしろ華語であるから、本当の意味でマルチではないが、しかし、多言語環境であることは確かである。
また、もともとの環境に加えて、言語の習得が、即、仕事に結びつくということで、さらにマルチになりやすいということもあるだろう。

その点、日本語しか使用しないでも生きていける日本人からすると、確かに、すごいとは思うが、彼らというのは、ペラペラと話すことは得意であるが、思考が単純で浅いような気がする。気候的にも夏と短い冬しかないので、そうなってしまうのも、無理はないのかもしれないが、日本人のような繊細で、複雑な思考はできないようである。

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